押入れの片隅(バイク履歴)
- 所有していた(或いは所有中の)バイク達
- スズキハスラー50
- 原付免許は高校1年の時に取得したが、自身のバイクを持ったのは大学に入学してから。それも叔父からのもらいものだ(笑)。
当時としても既に古く、オフ車はアップマフラーを備えつつあった時代に珍しいダウンマフラーだ。空冷2ストエンジンを無理して回すので良く焼き付いた(軽度なので正確には抱き付き)。出先でシリンダーヘッドを開けてCRCを吹くのは日常茶飯事で、今では考えられない構造の単純さだ(笑)。
以降バイクを趣味とするのにこの叔父の影響は大きなものだった。楽しむ方向は違うものの、只者でなさは現時点でも遥かにワシを凌駕している。
- ヤマハDT50
- 大学1年の秋に初めて自分で買った新車。熱ダレを起こさない水冷は50ccにこそ必要と思っていた自分には嬉しいバイクだった。同じエンジンを積むロードモデルのRZ50もあったが、50cc程度では走破性を考慮するとオフ車の方が便利だろうと考えてこちらを選んだ。読み通り使い勝手はRZよりDTの方が上で、動力性能的にもほとんど同じだった。
河原を走りまくって喜んでいたが、ジャンプだけはどうしても馴染めず、以後はロード街道まっしぐら。しかしこの時学んだスライドコントロールは以降のロードライディングにおいても役に立っている。
エンジンを自分でばらしてヘッド、ピストン、ポート加工、研磨など一通りの改造を試みて最終的にはキタコ60ccキットをベースにオリジナルチューンを施し、オフ車のくせにパワーバンドが12000rpm以上(タコメータなくなってから(^_^;)という実に使いにくいエンジンにしてしまい、いろいろ勉強させてもらった(いじり壊した、って事だ)。
ハスラー50
DT50
- ヤマハRZ250R(83年式)
- 大学2年の夏に三鷹の富士重工でバイトして初めて買った中型(今じゃ死語)の中古。放置状態だけど現在も所有している。
大学1、2年の時はちょうどバリバリ伝説も始まったばかりで、その内容も同時進行の身の回りそのものという感じで、借り物のカワサキAR50改80ccで早朝から大垂水を走り回り、規制が掛かった大学3、4年では場所を奥多摩に移してRZで大暴れ。
結果どこも規制、規制で自由に走れる場所は無くなってしまった。何を隠そう、大きな社会問題となった大垂水、奥多摩の通行規制を引かせてしまったのは紛れも無くワシらの世代なのである(というより当事者そのもの)。
後日談だが数年の後に大垂水、奥多摩を通る機会があり、その路面のペイント、規制の看板など大変見るに辛いものだった。もちろん謙虚に反省しているが、今では懐かしい思い出となっているのも確かだ。
改造などの詳細についてはトップページからの「納屋」に詳しい。

- ヤマハFZR1000(88年式イギリス仕様)
- 大学卒業2年後に府中の試験場に通い8回目で限定解除、新車で購入。初めて北海道ツーリングを経験したのもこのバイクだ。
135馬力の輸出用足回りは前後ともイニシャル調整しか出来なかったが、国内仕様のFZR750(77馬力)は更にダンピング調整が可能(リヤはリザーバータンク別体式)だった上にバネレートも低く、国内用をわざわざ入手して交換した。これは大正解だった。
ポジションに関する好みもこの頃から発生し、初めてハンドル交換にチャレンジしたがあまり満足の行く結果は得られなかった。
当時20万以上したヨシムラニッシンのブレーキキャリパーを装着。効くような気はしたが値段ほどではなかった。
タイヤ交換前に”マックスターン”なるものを初めてやってみたが、うまく円が描けなかったばかりか溶けカスがリヤ回りに多量に付着してエラい目に。2度とやるまいと心に誓った(笑)。
ヒザ擦り中に初めて転倒。RZでも砂に乗ってコケた事はあるが、勉強になる前向きな転倒(笑)はこれだけだ。
もう少しFZR時代の事を知りたい人はこちら

- ホンダVFR750R(RC30国内仕様)
- 知人のVFR400Rに乗る機会があり、その400ccとは思えないエンジン性能に驚いて「これが750ccだったらどんなになるんだろう」との興味からFZRを下取りにして中古を購入。期待にたがわない作りと性能で、ホンモノのレーサーとはこういう物なのかを実感した。
ただしメンテナンスもレーサーレベルが要求され(笑)そのまま乗りっ放しでは2本ピストンリングはオイルの消耗が激しく、後ろを走る仲間には読んで字のごとく煙たがられ、初めて4ストでオイルランプの点灯を経験した(笑)。
必要以上に剛性の高いフレームは路面の段差で車体を激しく跳ね、ストロークが短く最弱にしてもまだ硬い前後サスのダンピングは、路面の悪い一般道ではとても恐ろしくてフルバンクまで持って行けず、正直全く楽しめない。良くも悪くもサーキットしか走れない仕様なのだった。
輸出仕様(ヘッドライトが異様にデカい!)に乗っていた知人が事故ったので丸ごと車両を譲ってもらい、部品を移植してフルパワー化した。調子に乗ってエンジンまで換装したら、車検の時に型式が違っていて(笑)困った覚えがある。
この時代の写真は少ない
- ホンダNR(92年式国内仕様)
- 楕円(オーバル)ピストンDOHC32バルプV4エンジン(750cc)搭載、ホンダ技術の粋を集めたと言われるドリームマシン。全てを語るには一昼夜では足りない。ここまで来ればバイク道楽極まれり、の感がある(笑)。もちろん現在も所有している。
エンジンは他のどれとも似ていない独特のフィーリング。どこまでも伸び上がる加速感は素晴らしいの一言。苦労してフルパワー化したが、車重があるので動力性能的には最新のリッタークラスに比べるべくも無い。
しかしどの回転域においても間髪入れずに正確に湧き上がるトルクは排気量の大きさだけでは説明できない不思議な感覚がある。機会があれば一度乗ってみて損はない。
現在の走行距離は約5.3万キロ。乗り手が年を食って前傾姿勢がきつくなったので最近はめっきり距離が延びていない(笑)。所有しているR1のように何も考えずにアップハン化してしまえばもっと気軽に引き出して乗り回すと思うが、それをするにはさすがに畏れ多過ぎる(爆)。
月刊MC(モーターサイクリスト)誌93年1月号にて紹介されたほか、別冊MC誌94年3月号掲載の座談会に出席している。
改造などの詳細についてはトップページからの「軒下」に詳しい。

- スズキGSF1200(95年式)
- 試乗車があったので乗ってみてイッパツでやられた(笑)。1速で簡単にウィリーしてしまう瞬発力!前傾がだいぶきつくなってきていた自分には楽な姿勢で圧倒的なトルクを堪能できるこのバイクは久しぶりに購入意欲をそそられる存在だった。
従来、運輸省(現:国土交通省)は「フル加速で簡単に前輪が浮いてしまうようなバイクは(設計不良なので)認可しない(注1)」と言われていたので、その反体制的な(?)部分にも魅力を感じた。
当時RC30、NRと所有していたがどちらも似た類の車両であり、一般道で楽しめるという意味でNRにばかり乗っていたので、思い切ってRC30を下取りに出してGSFの新車を購入。
これはストック状態で前ブレーキの効きに満足した初めてのバイクで、ホースすら交換の必要を感じなかった。
180→260キロメータに交換したり、純正流用でリヤホイールを5.5→6インチ化して190タイヤを入れたりしたが、詳細は旧ニフティサーブのフォーラム「FKEN」に投稿された内容を元にWeb上でも公開予定。
別冊MC誌96年2月号掲載の座談会にこちらも出席した。
注1) RZ350の販売時に輸出仕様が47馬力に対し国内仕様が45馬力に抑えられたのはこのためと言われている(?)。

- ヤマハYZF−R1(99年式)
- 横浜在住の花園氏所有のR1(98年式青)を伊豆は亀石峠にて試乗させて頂き、こちらもイッパツでやられた(笑)。GSF以上のイッパツ度合いで(なんじゃそりゃ)、車体の軽さがこれほどまでに全ての運動性能を引き上げるのかと驚嘆した。
時期的には半年ほどズレたがGSFを売却して購入に備え、99年3月に新車が納車。現在もアップハン化されて主力バイクとして活躍中。
五感にズドンと来る圧倒的な動力性能は有無を言わさぬ迫力がある。使える人間にはたまらないオモチャだ。
現在ではかなり知られている、99年式以前の速度計のオド・トリップメータのマイル表示をキロ表示に切り替える方法を調べて、インターネット上に初めて公開したのはワシである。
当時参加していたYZF−MLというメーリングリスト中にて配信したが、それを元に個人HPにて記事を掲載されている方を散見するので目にした事のある人もいるだろう。
同様に、純正流用(XJR)のハザード付き左SWボックスを付けた場合に、ウィンカーインジケータが灯かないのに対処した配線方法なども調べて公開している。
なおNR、GSFに続きこのバイクでも別冊MC誌99年10月号掲載の座談会に出席している。この時には前出の花園氏も同席した。R1開発責任者である三輪邦彦氏からも直接貴重な話を伺う事が出来た。
改造などの詳細についてはトップページからの「UP1の部屋」に詳しい。
- ツーリングレポート
- 北海道その1
- 初めての北海道行きはFZR1000にて。たまたま暑い年だったらしく旭川でも39℃を記録するなど「ほんとにここは北海道か」という叫びを連発(笑)。地平線まで立つ陽炎もすごかったが、アスファルトが本州に比べて柔らかいらしく、路肩に停めるとサイドスタンドがめり込んで何度もバイクが自分で倒れそうになっていた(笑)。
同行は吉川芳文氏(CBR400RR、ん?)、高田英浩氏(GSX−R250、ん?)。

- 北海道その2
- NRの納車を見越して92年7月に北海道行きを計画したが、車両が間に合わず(結局8月納車)どうしようかと思ったところ、当時ショップ「モトウィズ」の店長だった小林英昭氏が、所有のアフリカツイン(750cc)を貸すからそれで回って来いと言ってくれた。
オフロード車の頂点を極めたお化けバイクで、他人に試乗させるだけでも勇気が要るだろうに、北海道まで貸す方も貸す方だが借りる方も借りる方か(爆)。その信用に感謝し、先に納品されていたNR専用のタンクバッグだけはきちんと持って(最北端到達は7月26日)、恐縮しながら北海道に旅立ったのであった。
しかし冷静に考えてみると、アフリカツインで北海道ツーリングが出来るような恵まれたライダーがそうそういる訳ではない。期せずして大変貴重な経験をさせていただいた小林氏には今もって感謝している。
同行は下平賢氏(XR600R)。

- 四国高松その1
- 92年10月、大学時代からの友人、井上氏に招かれて初めてNRで四国に(瀬戸大橋を使った)。高知で一泊して四国を約半周するルートを軽く流したが、道路事情が良く、走って楽しい道である事が印象的だった。その後に渡った小豆島では一層その思いを強くし、数年に渡って5月のゴールデンウィークは高松・小豆島で走り込みを行なうなど、この旅が後に与えた影響は大きい。

- 北海道その3
- 93年8月、今度は本当にNRで北海道だ。前年に持って行った専用タンクバッグも今回はきちんと装着された状態だ(笑)。日本最北端に初めて到達したNRと言われている(8月2日)。函館−稚内を1日で走り(地元の人が言うには無謀)マイクロロンの定着も行なった。
しかし荷物が積めず前傾姿勢もきつく、つくづく旅には向かないバイクであり、この時の思い出は?と聞かれると「灰色の道路(視線が下がってるんだな)」と答えるしかなかった(笑)。
同行は伊東秀俊氏(CB1000SF)。ほとんどの荷物を持って頂き(爆)感謝している。

- 四国高松・小豆島その他
- ミニバイクレース
- 90年には地元で行なわれているミニバイクレース(主に耐久)に参戦。成績に見るべきところはなかったが徹底的にヒザ擦りの感触を体に叩き込めたのは大きかった。
ただこの年の暮れ近くに、練習中の左コーナーでハイサイドを喫して大転倒、右肩靭帯のほとんどを切断して6時間にも及ぶ手術を受けるハメに(笑)。これを機にミニバイクレースの世界からは遠ざかる事になる。
この時にアタマを強打したためか、その後NRの購入を始めとして更なる暴走が加速するのであった(笑)。

- サーキット体験走行
- 大学時代に筑波サーキットのライセンスを取得したがほとんど使わないまま切らせてしまった。他に走った事のあるサーキットは、SUGO、TIサーキット英田くらい。
余談だがやはり一番多く走るのは地元の峠だ(だがそれほど馬鹿にしたものでもなく、飯田下伊那近辺は、バイクメーカーが集まっている浜松から近いので、よくテスト車両が走っている。実際、R1の仕上げテストにもここを使った、と開発者である三輪氏の証言がある。"峠のカリスマ"ならではの逸話だ)。
- TIサーキット英田

左:倉田祥司氏、右:井上一郎氏
- パワーチェック
- RZ250R(改350cc)
- グラフを見た途端に覗き込んで、しかも「これ、ただ350cc載せただけじゃないでしょ」とドク須田のメカに言わしめたエンジン。完全個人チューン(面研とクランクの組み直しはさすがに業者に出したが、ポート加工、研磨、ピストン・コンロッドバランス取りからセッティングまで手作業)でこの結果は嬉しかった。過去DT50をイジり壊した経験を一気に昇華させた集大成だ(笑)。
ノーマル55馬力に対し後輪で60馬力近く出ており、エンジン換算では軽く70馬力をオーバー。「(グラフから)まだ回ってパワーが出そうだが(壊れると)コワイのでやめた」とは測定担当の弁。
中速重視のイノウエ(井上自動車用品製作所)チャンバーの性能がかなり優秀なこともあり、実際に乗ってもトルクの谷を全く感じず「4ストみたい」と感想が出るほどのフラットトルク&ハイパワーだ。ブレーキを強化した程度の車体なのでバランス的に完全にパワーが勝っており、1速フル加速で前輪が宙を舞う。

- VFR750R
- エンジン内部のメンテまで手が回らず、ほとんど乗りっ放しでオイル上がりが激しかったが、輸出用の部品を組み込んでこの結果はそこそこか。輸出車は112馬力。

- NR
- 国内仕様の状態ではキレイに77馬力程度。輸出車と同等の部品を組み込んで後輪で100馬力をクリアしているが思ったほどのパワーではない。輸出車は公称130馬力。
別冊MC誌の座談会の時に持参して開発者の方に見てもらったが「このグラフの12000辺りのフラットポイントがもう少し盛り上がるはず」と出力が確かに少し低いようだ。
インジェクションのマップも読み込んであるので、いずれ燃調にも挑戦したいと思っている。出力カーブ自体は想定されたものであるようなので、それで好転する事を期待している。

- GSF1200
- カタログ値97馬力は大ウソで後輪でも軽く100馬力を突破する。ベースが145馬力まで出ている上に1200ccもある油冷ユニットなので押さえ込むのに苦労しているようだ(笑)。よくGSF用の市販マフラーは「30馬力以上アップ!」などと謳っているが騙されちゃイカン、もともとかなり出ているのだ(笑)。

- CBX1000(番外編)
- 81年式。Mr.Tの愛車だ。製造後20年以上経つとは思えない出力特性の素晴らしさであり、絶対値も申し分無い。カタログ値は100馬力。

- YZF−R1
- ノーマルはスムーズな特性を持つ。後輪で125〜130馬力が普通のようだ。機会を見てスリップオンマフラーの交換による出力差を測定する事になっている。

- 年賀状に使用

- 競争するってコトに思うバイクの楽しみ方